ディズニープラスで好評配信中の小島秀夫ドキュメンタリー作品『HIDEO KOJIMA: CONNECTING WORLDS』映画の公開を記念して、本作の監督をつとめたグレン・ミルナー氏にインタビューを行いました。
独立後の初タイトル『DEATH STRANDING(デス・ストランディング)』を制作するまでの、小島秀夫監督の道のりを追う本作。グレン自身のこと、ドキュメンタリーについて、更にはドキュメンタリーを撮影するなかで感じた、小島秀夫監督とコジマプロダクションについて伺いました。
あなたがドキュメンタリー映画監督を目指したきっかけは? また、その魅力は?
テレビドラマの撮影クルーとしてカメラ部門で仕事をしていたのですが、もともと少人数のチームや一人で撮影する自由さが好きだったので、長編映画やテレビのように大規模なクルーに頼る必要のない、短編ドキュメンタリーを作り始めました。
あの頃はデジタルシネマトグラフ(撮影・映写などを行う機器)が急速に進化し、手頃な価格やレンタル可能なシネマカメラで美しい映像が撮れるようになった時期でした。台本がない仕事には、ストーリーを追うプロセスも予測不可能で、ある日から次の日まで、何が起こるのか、何を撮るかもわからないし、ストーリーがどこへ導いてくれるかもわからない。だからこその不確実性が、さまざまなエキサイティングな出会いを生んでくれますし、魅力だと感じています。
小島秀夫監督に初めて会ったとき、どのような話をしましたか?
2018年に、映画監督のジョーダン・ヴォート=ロバーツ氏から小島さんを紹介されました。
東京のスタジオで、私たちは制作中の『デス・ストランディング』の話を聞き、そしてドキュメンタリーを撮影するためのアイデアについて話し合い、私からアントン・コービン監督の映画『コントロール』の特別版をプレゼントしたんですけど、彼はすでに持っていたよ!
ドキュメンタリーの構想を話した時、『デス・ストランディング』の旅を記録すると同時に、彼のユニークな思考と、創造の過程を紹介するようなものを作りたいと話し合いました。他分野のアーティストに、彼の作品や芸術性全般について議論してもらえたら、どんなに面白いだろうと考えていたことを覚えています。
会ったその日に、早速いくつかの会話シーンを撮影しました。
スタジオに対する印象はどうでしたか?
スタジオ入り口の廊下はもちろん印象的でしたが、小島さんと、彼の信じられないほど才能豊かなチームが細部までこだわって制作している現場を目の当たりにし、デザインとゲームプレイあらゆる面で考え抜かれていることに感銘を受けました。それに、小島さんのクリエイティブなプロセスが、スタジオ全体に反映されているようにも感じました。あのレベルのクリエイティビティに囲まれていると、どんなクリエイターでも強い刺激を受けると思います。
今回のドキュメンタリー映画制作における、こだわりを教えてください
本作の制作におけるアプローチやビジュアル、スタイルの提案に対して、小島さんはとてもオープンな姿勢で聞いてくれました。まず映像全体の表現として、彼がアイデアの形成方法について語るとき口にする「バラバラのアイデアを繋いでいく」という概念を表現したいと思いました。ジャンプカットでシークエンスを分解したり、フラッシュ効果やカメラ内エフェクト、さらにはカメラそのものを動かすなど、さまざまな方法で視覚効果を取り入れました。フィルムでどこまでイメージを押し出せるかを試すのは、とても楽しかったですね。
今回の撮影には、彼の「映画に対する情熱」を反映させるため16mmフィルムを使用しました。ロケ地でのフィルム撮影は多くのクルーが必要ですし、移動中にフィルムを装填することもできません。最近のドキュメンタリー撮影ではこのようなアプローチは普通ではありませんが、彼は私たちのスタイルに信頼と探求の余地を与えてくれました。それに、映像に素晴らしいエネルギーと質感が加わり、しっかり感じとれる仕上がりになったと思います! DP(撮影監督)のエルワン・クロアレック氏と協力して、あの美しい鮮やかな映像を作り上げました。
小島さんがインスピレーションを受けた人々や場所のシーンでは、若い頃のエピソードを取り入れたかったのですが、その時代の映像素材はなく、どのように表現するか悩んでいました。そこで、撮影した小島さんの話を再確認し、子どもの頃に漫画やアニメが好きだったというエピソードを見つけたので、アニメーションで再現をしてみようと思いつきました。すぐさまアニメーションスタジオを探し、幸運にも『スター・ウォーズ・ヴィジョンズ』のアニメーションにも携わった制作スタジオ「デ・アートシタジオ(D'ART Shtajio)」が一緒に仕事をしてくれることになりました。ドキュメンタリー全体の表現に合わせるため、アニメーションにも少しレトロな雰囲気を出してもらいました。このアニメシークエンスのためにストーリーやビートを書き起こし、命を吹き込まれる瞬間を見ることができ、非常に素晴らしい体験ができました。
後半のシークエンスでは、「つながり」を想起させ記憶を呼び起こしていくようなテーマで構成しました。合間に入るタイムラプスのシーンは、何度か日本を訪れながら撮影したもので、立ち止まっている間に過ぎ去っていく “人生のぼやけた動き” を表現しました。アーカイブ映像では、小島さんが子供の頃に行った大阪万博のエピソードが入ります。この万博が小島さんの人生哲学に与えた影響力を伝えるため、今回、当時の映像を使わせていただきました。フィルムで撮影された当時の映像もまた、時代を超えた美しい雰囲気を感じますね。
作中の音楽にはどのような背景やこだわりがありましたか?
映画創りにおいて、映像に音楽をつけることほど素晴らしいプロセスはないと思っています!今回、過去にプロジェクトで一緒に仕事をしたことのあるサイモン・ウィリアムズとエイモリー・リーダーという2人の素晴らしい作曲家に協力してもらいました。私たちは、レトロなゲーム音楽のようなアプローチを避け、ヴィンテージのシンセサイザーのような豊かな質感を持ち、映像的なアプローチとうまく調和する曲作りを目指しました。
エンド・トラックには、ゲーム『DEATH STRANDING』にも使用されたCHVRCHESの楽曲から、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のロックダウン中に録音・公開された『CHVRCHES - Death Stranding - Acoustic Version』に惚れ込み、起用しました。このバージョンはとても内省的で、ドキュメンタリーの展望にとてもよく合っていると感じましたし、デヴィッド・ボウイの『Absolute Beginners』を彷彿とさせ、曲作りという点では、ここ数年で聴いた中で最高の音楽のひとつですね。今はYouTubeにしかアップされていないと思うので、いつかこのバージョンがYouTube以外でもリリースされることを願っています!
・YouTubeリンク:『CHVRCHES - Death Stranding - Acoustic Version』
小島監督の作品と映画制作の共通点はありますか?
ゲームのストーリーやキャラクターにどれだけ没頭させるかという、感情移入のコントロールにおいて、小島さんは映画愛を存分に反映していると思いますね。たとえば、次に何が起こるかわからないという絶え間ない不確実性がプレイヤーを不安にさせるという技法は、映画の緊張感やサスペンスにも通ずる。しかし、彼の作品におけるユニークな点は、シュールからユーモア、そしてドラマへと滑らかにシフトしていく点であり、それができる人は映画界でも多くありません。彼の創造するゲーム体験は、ただ単にオブジェクト間を移動するだけでなく、キャラクターになりきって、その世界に確かに存在して、他のことをすべて忘れてしまうような…圧倒的な没入感覚。まるで、映画に没頭するときのようにね。
ちなみに、撮影期間中の私と小島さんの会話では “映画について” あまり交わしませんでした。撮影のためにスタジオを訪れる時は、小島さんのためにロンドンからレコードを持っていくようにしていました。ヴェルナー・ヘルツォークの言葉に、「映画監督にとって最も重要なことは、他の映画を観ることではなく、本を読むことだ」とあります。他の芸術形態に没頭することで、違った考えを持つようになると。これは小島さんも信じていることであり、私たちがドキュメンタリーに反映させたかったことでもありました。それに、映画やゲームの話だけではないのも楽しいですよね! 今でも小島さんと話すときは、ほとんど“音楽について” です(笑
ドキュメンタリーを撮影する過程で直面した困難はありましたか?
作品が創られるさまを詳細に撮影することで ”ゲームは正統な芸術作品である” ことを伝えられると思い、今回『デス・ストランディング 』のメイキング撮影に力を入れたのですが、COVID-19の問題が出てきたため、日本への入国において、さまざまな困難に直面しました。そんな時、とても親身になって対応をしてくれたスタジオの皆さんに感謝しています。スタジオの献身的なサポートもあり、小島さんの考え方やアプローチに影響を与えた出来事、舞台裏、そしてゲームの背後にある哲学をバランスよく描くことができました。
さいごに、制作全体を振り返ってどうでしたか?
トライベッカ映画祭でのワールドプレミア上映は、この素晴らしい旅を締めくくるにふさわしいものとなりました。それに、ディズニープラスという世界的なプラットフォームで配信されたことも誇らしく思います。
撮影に関して言えば、小島さんが生まれ育った町に同行できたことが一番の思い出ですね。そこでは私がこれまで経験したことのない、新たな日本の美しさを感じました。実は小島さんの作品『メタルギアソリッド』は、オリジナルフィギュアを全部買って、今でもすべて箱入りで大切に保管しているほど特別なゲーム作品です。そんな、特別なインスピレーションを与えてくれた人の思い出に同行し、一緒に仕事ができるなんて・・・まさに夢のようでしたよ。
ドキュメンタリー映画制作においての醍醐味は、その制作過程でつながる人々との出会いにあります。今回、小島さんと彼の献身的で才能あるチームと仕事ができ、また新しいインスピレーションを得ることができました。なにより、忘れられない特別な経験になりました。
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『HIDEO KOJIMA: CONNECTING WORLDS』